失敗や挫折がより大きな人生の糧となる

私たち大人はついつい大切な子どもたちが痛い辛い思いをしないように最短で最善な道を歩ませようと日々心を砕いてしまいがちですが。

自分自身のこれまでの人生を振り返ってみると
空回り、遠回りした一見無駄な経験は果たして本当に無駄だったのか?

そんなことはありません。むしろ、散々空回り、遠回りしたからこそ今の自分がある

そう自負しています。

なぜ上手くいかなかったのかなぜ自分は失敗してしまったのか
痛い悔しい思いをしたからこそ、もう二度と同じ思いはしたくない!と思うからこそ、最大限に頭を絞って、原因さがしや解決策を必死で模索する訳です。
それも、何度も何度も、転んでは起きを繰り返し、なんでどうしてと自問自答しながら。。。

試行錯誤。その裏には、蓄積してきた知識と経験を総動員し、統合し、不甲斐なく思える自分と真剣に対峙しながら成長できる貴重な機会が眠っています。

それなのに‼️なぜ私たちは、子どもたちにはいばらの道を歩かせたくない!とわざわざいばらを取り除いてまわるのでしょうか??

このような、一見子どもへの愛情の証のように思える
親心親切心
が、実は、子どもの無限の可能性や成長の芽を切り取っていることを、もっと私たち大人は自覚すべきかもしれません。

これって、対子どもだけに限らず、全ての人に当てはまりますね。

友人パートナー親 などなど。
そして、もちろん自分自身にも。

自分のこれまでの経験上「こうした方がいいと思うよ〜」と伝えたとしても、相手が何を選択するかはその人の自由。

自分の意見と真逆なことをして、仮にその人が痛い目にあったとしても、その人はその道を試してみたかったんです。

そして、
わあ、本当にこれをしたら失敗するんだ…
と経験してみたかった。ただそれだけ。(自分は失敗したけれど、その人は成功するかもしれないし、そう考えると、やる前から阻止すること自体がお節介でしかないのかも)

ありとあらゆる経験は糧となる。その糧は、自ら奪わず、何者にも決して奪われないものだ

日々、この言葉を噛み締めて、生徒さんと共に色んな経験を楽しみたいと思います。

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2021.1.4

レッスン, 哲学, 教育